相続放棄と実家

「いらないから放棄すればいい」と考える前に。放棄しても管理義務が残る場合があり、片付けをしただけで放棄できなくなることもあります。

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相続放棄とは何か

相続放棄とは、プラスの財産もマイナスの財産も、すべて引き継がないという選択です。「実家だけいらない」「借金だけ放棄する」といった部分的な放棄はできません。

相続の3つの選択肢
相続放棄単純承認限定承認
引き継ぐもの何も引き継がないすべて引き継ぐプラスの範囲でマイナスも引き継ぐ
手続き家庭裁判所へ申述(単独で可)何もしなくてよい家庭裁判所へ申述(相続人全員で)
期限3か月以内3か月以内
向いている場合借金が明らかに多いプラスが多い借金の額が分からない

相続放棄をすると、その人は最初から相続人でなかったことになります。実家も預貯金も引き継ぎませんが、借金の返済義務も負いません。

放棄しても実家の管理義務が残る場合がある

ここが最も誤解されやすい点です。相続放棄をしても、実家の管理から完全に解放されるとは限りません

2023年4月に施行された改正民法940条により、相続放棄をした人の義務は次のように整理されました。

改正後のルール

相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産清算人に対して引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。

つまり、放棄した時点でその家に住んでいた、あるいは実際に管理していた場合は、次に引き継ぐ人に渡すまで管理を続ける義務があります。逆に、遠方に住んでいて実家を占有していなかった人は、この義務を負いません。改正前は「すべての放棄者に管理義務がある」と読める条文だったため、この点は明確になりました。

では、いつ管理義務から解放されるのか

  • 次順位の相続人が管理を始めたとき:たとえば子が全員放棄すると、次は親、その次は兄弟姉妹へと相続権が移ります。
  • 相続財産清算人が選任され、引き渡したとき:相続人が誰もいなくなった場合、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立て、その人に引き渡すことで義務が終わります。

問題は、相続財産清算人の選任には予納金が必要なことです。地域や事案によりますが、20万〜100万円程度を家庭裁判所に納める必要があります。「放棄すれば費用ゼロで縁が切れる」わけではない、という点は知っておいてください。

相続放棄で絶対にやってはいけないこと

次のような行為をすると、相続を承認したとみなされ(法定単純承認)、放棄ができなくなります

  • 遺品を処分する:家財を捨てる、売る、業者に片付けを依頼する。これが最も多い失敗です。
  • 預貯金を引き出して使う:葬儀費用に充てた場合でも問題になることがあります。
  • 不動産の名義を変える
  • 被相続人の債権を取り立てる
  • 賃貸物件の解約や敷金の受け取りをする
  • 形見分けをする(経済的価値のあるものの場合)

片付けの前に、借金の有無を確認する

「とりあえず片付けよう」と業者に依頼したあとで多額の借金が判明し、放棄できなくなるケースがあります。借金の可能性が少しでもあるなら、財産調査を先に行ってください。信用情報機関に開示請求すれば、ローンやカードの借入は調べられます(1件1,000円程度)。

なお、社会通念上相当な範囲の葬儀費用の支出や、価値のない物の形見分け程度であれば、単純承認とみなされないという判断もあります。ただし線引きが難しいため、放棄を考えているなら何かをする前に弁護士か司法書士に相談するのが安全です。

相続放棄の手続き

  1. 財産と借金を調べる3か月以内に判断する必要があります。間に合わない場合は期間の伸長を申し立てます。
  2. 必要書類を集める被相続人の除籍謄本と住民票の除票、放棄する人の戸籍謄本など。相続人の立場によって必要な戸籍が変わります。
  3. 相続放棄申述書を作成する家庭裁判所のホームページに書式があります。放棄の理由を記載します。
  4. 家庭裁判所に提出する被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ。郵送でも可能です。費用は収入印紙800円+郵便切手代(数百円)。
  5. 照会書に回答する裁判所から「本当に自分の意思か」を確認する書面が届くので、回答して返送します。
  6. 相続放棄申述受理通知書を受け取るこれで手続きは完了です。債権者に提示するために「受理証明書」を別途取得することもできます。

次の順位の人に必ず伝える

子が全員放棄すると、相続権は次の順位(親、次に兄弟姉妹、その子)へ移ります。知らないうちに相続人になっていて、督促状が届いて初めて知るという事態が起きます。放棄したら、次に相続人になる人へ必ず連絡してください。連絡がないまま3か月を過ぎると、その人が借金を背負うことになりかねません。

「いらない実家」を手放す他の方法

借金はないけれど実家だけいらない、という場合、相続放棄は使いにくい選択です(預貯金も放棄することになるため)。次のような方法があります。

1. 相続土地国庫帰属制度

2023年4月に始まった制度で、相続した土地を国に引き取ってもらえます。ただし条件が厳しく、建物が建っている土地は対象外です。解体して更地にする必要があります。

  • 審査手数料:土地1筆あたり14,000円
  • 負担金:原則20万円(宅地の場合。面積により算定が変わる土地もある)
  • 対象外になる例:建物がある、担保権が設定されている、土壌汚染がある、境界が不明、通路として使われている、崖がある、管理に過分な費用がかかる

解体費用(100万円以上)を負担してまで国に引き取ってもらう価値があるかは、慎重に判断する必要があります。

2. 自治体への寄付

自治体が受け取ってくれることはまれです。使い道のない土地は、自治体にとっても管理コストでしかないためです。ただし、道路の拡幅予定地や公園に隣接する土地など、行政が使いたい土地であれば受け付けてもらえることがあります。

3. 隣の家に譲る

意外と現実的な方法です。隣地の所有者にとっては、土地が広がるメリットがあります。無償でも引き取ってもらえれば、その後の負担から解放されます(贈与税がかかる場合があるため、税理士に確認してください)。

4. 空き家バンク・ゼロ円物件

移住希望者に無償または格安で譲る方法です。詳しくは売れない実家の出口で扱っています。

このページのよくある質問

実家だけ相続放棄することはできますか。

できません。相続放棄は、プラスの財産もマイナスの財産もすべて放棄する制度です。実家だけ手放したい場合は、相続したうえで売却・譲渡・国庫帰属制度の利用などを検討することになります。

相続放棄をしたら、固定資産税は払わなくてよいですか。

放棄が受理されれば、その人に納税義務はありません。ただし、翌年度の課税は1月1日時点の登記名義で判定されるため、実務上は市区町村に放棄の事実を伝えて調整する必要があります。

相続人全員が放棄したら、実家はどうなりますか。

最終的には国のものになりますが、自動的にそうなるわけではありません。誰かが家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立て、清算手続きを経る必要があります。申し立てには予納金(20万〜100万円程度)がかかります。

片付けを少しだけしてしまいました。放棄できませんか。

経済的価値のないものの処分であれば、直ちに単純承認とみなされるとは限りません。ただし判断が難しいので、すぐに弁護士か司法書士に相談してください。追加で何かをする前に相談することが重要です。

生命保険金は受け取れますか。

受取人が指定されている生命保険金は、受取人固有の財産とされ、相続放棄をしても受け取れます。ただし、相続税の計算上は「みなし相続財産」として課税対象になり、放棄した場合は非課税枠が使えません。